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若手医師からのメッセージ

2014年掲載

Cardiovascular Tissue Engineering/Regenerative Therapies Laboratory
Division of Cardiac Surgery-Biomaterials and Regeneration program
University of Ottawa Heart Institute
前田  恵

オタワより留学レポート

 平成25年10月よりOttawa Heart Institute胸部外科のResearch LabにPost-doctoral fellowとして研究留学をさせていただいています。カナダの首都であるオタワは、オンタリオ州東部に位置し、行政機関が集中する政治都市ですが、トロント、モントリオール、バンクーバーのような大都市ではありません。日本の方もほとんどお見かけすることなく、北米の都市で良く形成されているような留学者同士が集う日本人会のようなものも存在しません。しかし、外国人にとってオタワ市は自然・文化・芸術の豊かなとてものどかで安心して過ごせる街です。2007年ユネスコ世界遺産に登録されたリドー運河が市内の真ん中を流れ、初夏のチューリップ祭には300万本のチューリップが運河沿いに並び、冬季には世界最長(ギネス認定)の天然スケートリンクとなります。中心にあるカナダ政府主要機関の建物が集まったParliament Hillはネオ・ゴシック様式の荘厳な建物でオタワのシンボルとなっています。

 留学先のUniversity of Ottawa Heart Instituteは、650人以上の循環器専門医療スタッフが従事し、毎年約8万症例が集まり、およそ100 Clinical trialsが常に進行するカナダ最大、北米でも有数の循環器専門病院です。病院として循環器治療の主要機関であるだけでなく、研究領域では多くのPhDやTechnicianが集い、臨床現場と常に隣り合わせで研究が進行しています。私の所属するLabでは世界でも最先端の心筋再生治療を研究しており、幸運ながら私もその中の一メンバーとして再生医療の研究に加わることができました。私にとって未だに英語の壁は大きくLabメンバーを毎日右往左往させ、その度に反省する日々が続いています。しかし異文化の違いをこころよく受け止め、互いに高めあっていこうとする、その人間性に幾度となく救われています。現在は、臨床に即したprojectをいくつか任され、またSpringer Science bookの総説執筆のお話もいただき、日々充実した生活を送っています。知識・技術だけでなく、良きスタッフにも恵まれ、このようなprofessionalな環境の中で勉強する機会を得たことに本当に感謝しています。

 研修医時代に心筋虚血と心不全の病態・治療に関心を抱き、尊敬する多くの医師・医療従事者に出会い、胸部外科を目指しました。まだまだ未熟な外科医ですが、帰国後はさらに修練を積み、少しでも医療、外科領域に貢献したいと思っています。

弘前大学大学院医学研究科
胸部心臓血管外科学講座
大徳 和之

―元患者からのメッセージ―

 私は平成8年に医学部を卒業し医師となりました。医学生や研修医の皆さんはまだ生まれていないか赤ちゃんだった頃でしょうか。私が生まれたのは昭和45年です。その後に先天性心疾患の診断で、東京女子医大・心臓血圧研究所へ入院しました。1歳7ヶ月時の心臓カテーテル検査により大動脈肺動脈窓の確定診断がつきました。著明な肺高血圧症を伴っており手術適応と判断されましたが、始めの手術説明で両親は手術を断ったようです。2歳10ヶ月時に両親は手術を決心します。当時の手術記録を見る機会がありました。執刀は今野草二先生でテフロンパッチを使って肺動脈側より欠損孔を閉じています。私のことは論文に掲載されており(Mori K et al. Br Heart J 1978; 40: 681-9)、文献から判断すると日本で第2例目の成功例でした。その時の傷が右鼠径部に残っています。病歴要約を見ると送血路として使用した右外腸骨動脈から術後出血したらしく結紮したと記載がありました。このときの様子を見て両親は「この子はもうだめだ。」と諦めたそうです。なぜ私が当時の記録を見ることができたかと言うと40歳で再手術を受けた時、東京女子医大の御好意により手術記録、病歴要約のコピーをいただいたからです。私を救おうと懸命に治療した先人達の苦労を偲ばせるものでした。そして心臓血管外科医を道半ばで諦めようかと思っていた自分を奮い立たせることができた瞬間でした。私の命は両親の決心、それを説得した小児科医、そして成功に導いた心臓血管外科医とコメディカルにより守られていたのだと悟りました。2回目の手術も成功し、現在もメスを握ることができています。医学生や研修医の皆さんでこのような体験をした人は少ないと思います。指導している医学生・研修医には道に迷ったら常に原点に戻るように伝えています。「なぜ医師を目指そうと思ったのか?」それは小さなきっかけで良いと思っています。そうして自分の思った道へ進んだ時、様々なつらい事があってもやり抜く事ができると確信しています。不幸にして思ったような結果が出ない場合ももちろんあります。そのような時、私は常に自問自答します。「先人達の苦労に恥じない仕事、手術をしているか。」「医学の進歩に少しでも貢献しているか。」その答えを探すために努力を続けています。命を左右する厳しい仕事ですが喜びもひとしおです。医学生、研修医の皆さんも一生を捧げる仕事として胸部外科を選んでみませんか。

広島大学病院
心臓血管外科
田口 隆浩

胸部外科医を目指そう!

 はじめまして。私は現在、広島大学病院にて勤務しております。

 医師になって10年以上が経過した現在、あらためてこの道を選んでよかったなと考えております。志した当初はつらいこと、特に自分がふがいないと思うこともしばしば、向いてないのではと考えることもありました。しかしながら上司、先輩にめぐまれ頑張ってこられました。

 胸部外科、なにより私の専門の心臓血管外科の魅力とはやはり手術・術後管理が順調にいった時、患者さんが劇的に元気になることがあるということでしょうか。術前に心不全のため、安静時でさえも見るからに苦しそうな患者さんが歩いて元気に帰る姿をみると大きなやりがいを感じます。もちろんその分、手術は命に直結する高度なものが含まれます。ただしそれもまたこの分野の大きな魅力の一つです。手術をはじめとする技術の習得には時間もかかります。初歩的なものから一つずつ身につけていかなければなりませんが、その分その一つ一つを自信持って出来るようになったと思える瞬間、実際に患者さんに正しく手技を施すことができた喜びは何事にもかえることができません。

 私自身、この10年で出来ることも増えましたが、もちろん道半ば。そしておそらくいつまでそれを積み重ねても、その技術を習得し尽くしたとはならないだろうと思います。つまりは続けている限り先ほどお伝えしたような喜びを感じながら仕事を続けていくことができる。これは心臓血管外科医の大きな魅力の一つだと思います。

 また、近年、ステントグラフト、TAVIなど心臓血管外科領域自体も大きな広がりを見せており、ますますその習得すべき技術自体も増えております。

 みなさん!もし興味がおありでしたら是非一緒にその喜びを感じながら仕事をしませんか?